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ゲームに学ぶ選択と集中

1日の時間の使い方について凄く考えるようになった。大体いつも午前中は集中力があるんだけど午後になるとだんだん眠気がそれを上回ってきて、夜になると眠くて眠くてボーッとしてしまう。そういう感じなので頭を使わなきゃいけないことは出来る限り午前中に回して、ある程度頭が回らなくてもなんとかなるようなものは午後に回して、夜は中途半端な時間に寝ないよう頑張る、という感じ。

夜、頭が回ってない時間帯はできるだけ生産的なこととかはしないようにしてる。集中力ほぼ0の状態でなんかやっても何も得るものないんじゃないかと思っているから。得るもの無いくらいならまだマシで、それ以上に悪影響すらあるんじゃないかとすら思えてくる。中途半端にやる癖みたいなのがついちゃったら嫌だから。文字が頭に入ってこない状態で読書をしていても意味が無いし、それを常態化させて習慣化させてしまったら読書に対しての心構えというかも常にそんな感じになってしまうんじゃないかと恐れている。娯楽のための読書は別かもしれないけど、自己啓発書とか技術書とかに対してそうなってしまうのは嫌だ。何か能力や知識を得たいのなら、ある程度の集中力と労力が必要だろう。ただ本を読んでるだけじゃ賢くはなれないし、ただカラオケしてるだけじゃ歌はうまくならないし、毎日ブログを書くというだけじゃ論理的に扇情的に文章を書けるようにもなれない。何かしらの目標を据えてそれに対してどういうアプローチを取るかとか何を意識しながらその行動を行うかによって得るものは違ってくると思う。時間は限られているので、どの行動にどれだけの時間と労力・集中力をつぎ込むかで色々変わってくるし、適切にそれらを振り分けなければならない。

かと言って時間と集中力を費やせばそれでいいってわけでもない。例えば受験勉強のとき、それなりに集中力と時間をつぎ込んで多くの知識を得たはずだけど、今となってはそれらの知識はほとんど頭のなかにない。受験勉強で得たものはテストで良い点とるためだけの即物的なものではないのだけれど、ただやっぱり知識を得ることにウェイトをおいていたのでそれが時間経過によってほとんど失われてしまったのは時間と労力の無駄だったようにも考えられる。けど、そのタイミングではその即物的なものが無ければいけなかったわけだし、それが間違った選択だった、その時間でゲームでもしてりゃ良かった、とは思えない。 長いこと使い続けられる能力のほうが一時的な能力よりも良いのはわかるが、時間やコストの兼ね合いとかそういう意味でなくタイミングとして後者を選択しなければならない時もある。要はタイミングも考えなければならない。そのタイミングで一時的ではあれど能力を得ることによって、後々の展開がスムーズになったり地獄を見ることになるということもある。

満遍なくあらゆるものに少しずつ時間と労力を割いて中途半端に物事をなしてもどうしようもない。かと言って何かを選択し集中させれば万事良しという訳でもない。長いこと使い続けられる能力と一時的に爆発的な能力を得られるのであれば、前者のほうがコストパフォーマンス的には良いことが多いかもしれない。けど前者は大抵多くの時間と労力を費やさなければならないし、後者が全くいらないわけではない。時にはタイミングを見て別方面に、一時的とわかっていてもそれに投資しなければならないこともある。

ということをゲームでのレベルアップ時にもらえるパラメータ振りをしながら考えてた。この能力、序盤しか使い道ないけど序盤にこれ使っておくと後々楽になるよなとか、複数ある攻撃スキルに満遍なくパラメータ振ってたら決め手に欠けて攻撃力全然上がらないなとか。ミサイルランチャー一発よりもショットガン一発のが攻撃力高いってどういうことだよ。